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名古屋高等裁判所 平成元年(ネ)516号 判決 1990年7月25日

控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)

森川茂

同(同)

山名惠哉

右両名訴訟代理人弁護士

小出良煕

幅隆彦

被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)

八百健市場株式会社

右代表者代表取締役

篠田五郎

右訴訟代理人弁護士

浅井正

小島隆治

大竹正江

岩田宗之

被控訴人補助参加人

共栄火災海上保険相互会社

右代表者代表取締役

行徳克己

右訴訟代理人弁護士

池田伸之

池田桂子

主文

一  本件控訴及び附帯控訴に基づき、原判決中被控訴人の求償金請求に関する部分を次のとおり変更する。

1  控訴人らは各自、被控訴人に対し、金二〇七五万四九五三円及び内金三五〇万〇五六九円に対する昭和五五年一二月二七日から、内金一七二五万四三八四円に対する昭和五六年九月一九日から、いずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用のうち、参加によって生じた分は第一・二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人らの、その余を被控訴人補助参加人の各負担とし、その余の分は第一・二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人らの、その余を被控訴人の各負担とする。

三  主文第一項のうち金員の支払を命ずる部分は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人ら

「原判決中控訴人ら敗訴の部分を取り消す。右部分につき被控訴人の請求をいずれも棄却する。本件附帯控訴をいずれも棄却する。訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。」

二  被控訴人

控訴棄却の判決並びに附帯控訴として「原判決中被控訴人の求償金請求に関する部分を次のとおり変更する。控訴人らは各自、被控訴人に対し、金二六七九万三六二二円及び内金一三五三万三四七一円に対する昭和五三年七月一八日から、内金一三二六万〇一五一円に対する昭和五六年四月一日からいずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一・二審とも控訴人らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言。

第二  当事者の主張

次のとおり付加、訂正、削除するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決五枚目表一行目の「すべき」(二箇所)の次に「である」を加える。

二  同六枚目裏七行目の「二九四万七五〇〇円」を「二二六万七三九〇円」と改め、同八行目の「(1)」及び同一〇行目の「(2)」をそれぞれ削る。

三  同七枚目表二行目の末尾に行を変えて「以上のうちの相当額」を加え、同三行目の「六九万九〇〇〇円」を「五九万七三四〇円」と改め、同四行目の末尾に「六九万九〇〇〇円のうちの相当額」を加える。

四  同七枚目表五行目の冒頭から同八行目の末尾までを次のとおり改める。

「(四) 入院中の食事代及び布団代一三三万九一二八円 食事代を一日一二〇〇円とし、布団代を一日一二〇円として、三年三〇三日分一九五万七二〇〇円のうちの相当額」

五  同七枚目表九行目の「(六)」を「(五)」と、同末行の「(七)」を「(六)」と、同行の「八万一〇〇〇円」を「一万七五六〇円」とそれぞれ改め、同裏二行目の末尾に「八万一〇〇〇円のうちの相当額」を加え、同三行目の「(八)」を「(七)」と、同四行目の「(九)」を「(八)」とそれぞれ改め、同七行目の「の三年と二八八日分」を削る。

六  同七枚目裏八行目の全部を次のとおり改める。

「(九) 後遺障害逸失利益 九五〇万円

次の前提に従って算出した四六六七万六二三五円のうちの相当額」

七  同八枚目表四行目の「(二)」を「(三)」と、同行の「一〇八七万円」を「八三七万円」と、同五行目及び同六行目の全部を「訴外加藤が被控訴人に請求した、入通院分四〇〇万円のうちの相当額一五〇万円、後遺障害分六八七万円」と、同七行目の「八〇三八万七〇六八円」を「三九四〇万一九三九円」とそれぞれ改める。

八  同裏二行目の冒頭から同九枚目表四行目の末尾までを次のとおり改める。

「8 被控訴人の控訴人らに対する求償権 二七六九万三六二二円

前記のとおり、骨髄炎の発症そのものが控訴人らの過失によるものであるから、被控訴人の負担部分は、骨髄炎が発症しなかった場合、すなわち、控訴人らの寄与がなかった場合に訴外加藤に生じたであろう損害額に限られるというべきであり、その余は控訴人らの負担に帰せられるべきである。そうすると、骨髄炎が発症しなければ、右大腿部を切断する必要がなかったことはもとより、松葉杖をついて歩けるようになるまで半年から一年近くで足り、ただ、膝の屈伸制限等が多少残る可能性があっただけであるから、順調に治療効果が上がった場合、九か月程度の入院の後、三か月程度の通院で治療が終了し、後遺症は殆ど残らなかったと考えられる。その場合に訴外加藤に生じたであろう損害は、左のとおり合計七三五万二九四〇円である。

(1)  治療費 一三五万四三〇〇円

(2)  付添看護料 六七万五〇〇〇円

入院一日当たり二五〇〇円として九か月分

(3)  入院諸雑費 一三万五〇〇〇円

入院一日当たり五〇〇円として九か月分

(4)  通信交通費 〇

(5)  義足代 〇

(6)  休業損害 二二四万円

年収を二二四万円として一年分

(7)  後遺障害逸失利益 二三四万八六四〇円

労働能力喪失率は五パーセント、年収を二二四万円、就労可能年数を三八年としてホフマン方式により中間利息を控除

(8)  慰藉料 六〇万円

入通院分として五〇万円、後遺障害分として一〇万円

よって、訴外加藤の損害額が三五〇四万六五六二円にすぎないとしても、被控訴人の負担部分はそのうち七三五万二九四〇円にとどまるので、被控訴人は、控訴人ら各自に対し二七六九万三六二二円の求償権を取得したことになるので、二六七九万三六二二円並びに内金一三五三万三四七一円に対する最終支払日である昭和五三年七月一八日から、内金一三二六万〇一五一円に対する支払日の翌日である昭和五六年四月一日から、いずれも支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」

九  同九枚目裏八行目の「被告らと」を「森川病院における治療行為との間に」と改め、同九行目の「被告」の次に「山名」を加える。

一〇  同一〇枚目裏一行目の「軽過」を「軽快」と改める。

一一  同一一枚目表八行目の「更に、」を削り、同九行目の「難治」の次に「であることを考えればなお更のこと」を加え、同裏五行目から六行目にかけての「クロロマイセチンヅル」を「クロロマイセチンゾル」と、同六行目の「クロロマイセチンサクシネード・」を「クロロマイセチンサクシネート、」とそれぞれ改める。

一二  同一二枚目裏四行目の「(二)」を「(三)」と、同六行目の冒頭から同八行目の末尾までを「8 請求原因8の主張を争う。」とそれぞれ改める。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1のうち、訴外加藤博(以下「加藤」という。)が昭和四九年一〇月三〇日交通事故に遭遇した事実及び同2の事実は当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、請求原因1のうちその余の事実及び同3の事実が認められる。

二請求原因4のうち、加藤が本件交通事故後直ちに控訴人森川の経営する森川病院に運ばれ、同年一一月八日同病院に勤務する同山名から内副子固定法の整復手術を受け、昭和五〇年一月二〇日まで同病院に入院していた事実は当事者間に争いがなく、右の事実並びに<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  森川病院における治療経過

(一)  森川病院の当直医が昭和四九年一〇月三〇日に森川病院に運ばれてきた加藤を診察したところ、非開放性の右大腿骨粉砕骨折(以下「本件骨折」という。)があったが、骨折の付近に創傷はなく、他に左橈骨骨折、右下腿挫傷、右大腿挫創、顔面切創があり、体温は三七度二分であった。そこで、同医師は、本件骨折の治療のためにキルシュナー鋼線牽引を施して骨の整復に努めるとともに、抗生物質を投与して患部の化膿防止に努めた。

(二)  控訴人山名は、翌三一日以降加藤の治療を担当して、本件骨折につき右の治療方法を継続した。同控訴人は、体温は平熱が続き、白血球数も同年一一月七日において九二〇〇でさほど異常ではなかったものの(正常値は四〇〇〇ないし八〇〇〇で、八〇〇〇ないし一万は要注意)、牽引によっても所期の効果が生じないので、同月八日内副子固定法による手術を施した。その後の経過が良好であったので、同月一三日ギプスを装着した。同月一八日、抜糸のためにギプスを開窓したところ血腫があったので、これを取り除き、更に、分泌物を体外に誘導するためのガーゼ(込ガーゼ)を一か所に挿入した。なお、ギプスを装着した後の体温の最高値は、同月一四日が三八度、一五日が三七度八分、一六日が三七度九分、一七日が三八度七分であり、また、白血球数は同月一六日に一万四四〇〇となった。

(三)  控訴人山名は、同月二二日、加藤が強い疼痛を訴えたので二回鎮痛剤を注射し、三か所に込ガーゼをし(これは同月二七日まで続いた。)、翌二三日にも加藤が疼痛を訴えたので鎮痛剤を注射した。なお、加藤の体温の最高値は同月二一日及び翌二二日が三七度七分、同月二三日が三八度六分であった。

(四)  控訴人山名は、加藤の傷が治らないので、壊死骨化した骨片を取り除けば傷が治ると考え、同月二七日、加藤の大腿部を二か所切開して壊死骨を探したが発見できず、込ガーゼ(五本)をしてガーゼ交換に七枚を使用し、翌二八日には、分泌物がなくならないので、込ガーゼに代えてビニールドレーンを傷口に挿入し、この日に三回の処置をしてガーゼ一二枚を使用した(同年一二月二日まで同様)。なお、加藤の同月二八日の体温は平熱であったが、白血球数は九七〇〇であった。

(五)  控訴人山名は、加藤がギプスを嫌いこれを外すことを要求するので、同月三〇日、ギプスを外して副木をした。

(六)  同年一二月三日からは処置回数が二回、ガーゼの使用枚数が八枚に減少し、同月一二日の白血球数は一万〇五〇〇であった。控訴人山名は、同月一七日には膿が減少したので、ドレーンに代えて込ガーゼ(二本)をし、同日及び翌一八日には二回の処置でガーゼ四枚を使用した。しかし、同月一九日以降、処置回数は一回、ガーゼの使用枚数は二枚に減少した。

(七)  控訴人山名は、同月二三日には加藤が吐き気を訴えたので、それまで投与していた抗生物質の投与を中止した。同月二五日からは分泌物が多くなったので、処置回数が二回に、ガーゼの使用枚数が四枚に増えたが、同月二八日からは処置回数が一回に、ガーゼの使用枚数が二枚に、更に、昭和五〇年一月一日及び翌二日には込ガーゼの本数が一本にそれぞれ減少した。

(八)  しかし、同月三日からは込ガーゼの本数が二本に、ガーゼの使用枚数が三枚に増え、同月八日にはガーゼの使用枚数が一旦一枚になったが、同月九日からは処置回数が二回に、ガーゼの使用枚数が二枚になった。なお、同月八日の白血球数は一万三六〇〇となった。

(九)  その後、控訴人山名は、手術の必要を認め、その旨を加藤の母親に話したところ、加藤らは、手術を嫌い、同月一七日に岐阜県立多治見病院(以下「多治見病院」という。)への転院を希望し、同月二一日病院へ転院した。

2  多治見病院における治療経過

(一)  多治見病院では、昭和五〇年一月二一日にレントゲン検査をした結果、骨折部の固定状況は良好であったが、患部には瘻孔(深部組織あるいは臓器と外部の間に生じた病的な管条の連絡)があり、排膿もあったため、次の治療方針を定めた。

(1) まず膿の流出を止める。(2) そのためには暫く化学療法として八時間おきに抗生物質を与える。(3) 次いで瘻孔造影を行う。(4) その後に、病巣を掻爬し局所に管を入れて抗生物質を持続的に流して洗い清める局所持続灌流を行う。

(二)  同月二四日に細菌の検査をした結果、緑膿菌が存在することが判明した。同月二七日には患部から多量の膿が流出しており、同月二九日には瘻孔が三か所できていて、そこから多量の膿が流出していた。そして、同年二月一一日の検査では、黄色ブドウ状球菌が多量に認められた。

(三)  同年四月二二日、ギプスを切って瘻孔造影を行ったところ、透視の際に著しく異常な像が認められ、翌二三日のレントゲン検査の結果では、骨折部位の近くの骨片に腐骨と思われるものが認められた。多治見病院では、同日、内副子固定を除去する手術をし、骨周囲の軟部組織が著しく変性汚濁していたのでそれらを除去するとともに腐骨をも除去し、髄腔内を掻爬するなどした後、骨折部に骨髄内に釘を挿入して骨を固定するキュンチャー釘固定術を施した。

(四)  同年七月二一日、軟部組織は根肉芽で覆われ、骨癒合を望めないと思われる骨片が存在し、その部分には壊死組織が認められ、内部にも膿の貯溜が認められた。そこで、多治見病院では、右骨片を除去し、局所持続灌流手術を施した。その後、大きな骨片が壊死して腐骨になったので、同年一一月一九日にキュンチャー釘を取り除くとともに、病巣掻爬及び創外固定術を施したが、瘻孔からの膿の排出は続いていた。

(五)  多治見病院は、昭和五一年五月一七日病巣掻爬手術をし、同年九月六日には腐骨の形成によって骨欠損を生じた部分に骨移植術を行った。ところが、同年一一月二〇日、加藤が多治見病院内で車椅子を使用していた際に転倒して炎症が再発したため、炎症の治療をしたうえで骨移植のやり直しをする必要が生じた。加藤は、治療を継続して再度骨移植をしても、所期の結果を生ずるか否か不明であること、及び経済的負担に耐えられないこと等の理由から、関係者と協議のうえ右大腿部の切断を決意し、昭和五二年七月二五日その手術を受け、昭和五三年八月一四日に多治見病院を退院し、同日をもって症状固定と診断された。その後、加藤は、義足訓練等のため通院していたが、切断部に瘻孔ができたので、昭和五四年三月三日に同病院に入院して瘻孔郭清手術を受け、同月一七日に退院し、以後も義足を作製する必要上、少なくとも昭和五五年一月一六日まで同病院に通院したうえ(通院実日数の合計は二七日)、義足を装着した。

三前認定の治療経過並びに原本の存在及び<証拠>によれば次のように認定判断することができ、右認定に反する<証拠>は採用することができない。

1  骨髄炎は骨に化膿菌が感染して発症するものであるところ、加藤が森川病院に入院していた時にみられた瘻孔からの分泌物は膿であり、同人は同病院入院中に骨髄炎に罹患し、このことが一因となって右下腿部を切断をせざるを得なくなったものである。そして、同人の症状を見ると、昭和四九年一一月二二日には解熱剤により発熱は抑えられてはいるが、疼痛が強く二度の鎮痛剤の注射が必要な状態であり、瘻孔も三か所に増え、翌二三日には三八度六分と発熱も出現しているので、同月二二日頃には骨髄炎が発症していたものと認められる。そして、昭和五〇年一月八日には白血球数が一万三六〇〇に増加しており、創部の分泌物の処置回数も同月九日からは二回に増えているのであるから、この時期に骨髄炎の活動が再び活発化したものと認められる。

2  骨髄炎の治療に当たって必要なことは、創部からの浸出液又は膿の細菌検査をして菌の同定をしたうえ、その菌に適応した抗生物質を投与することである。ところが、控訴人山名は、当初加藤に抗生物質を投与したものの、細菌検査をしておらず、かつ、同年一二月二三日には、加藤に吐き気があったことから抗生物質の投与を中止し、以後これを投与していない。

控訴人山名が当初加藤に投与した抗生物質は、結果的にはその選択を誤ってはおらず、現に投与の効果もあったと認められる。しかし、同控訴人が抗生物質の投与を中止したことは、加藤の骨髄炎の再活発化を招き、完治を遷延させる一因となったものというべきである。

四そこで、被控訴人の主張する控訴人山名の過失について検討する。

1(一)  被控訴人は、加藤が森川病院に入院した当時既に骨髄炎に罹患していたことを前提として、控訴人山名としては、入院後直ちに起炎菌に関する検査をして適切な抗生物質を投与すべきであったのに、これを怠り、薬効のない抗生物質を投与した旨主張するが、加藤が森川病院に入院した当時骨髄炎に罹患していたこと、及び同控訴人の投与した抗生物質が効果のないものであったことを認めるに足りる証拠はない。

(二)  被控訴人は、控訴人山名が条件の悪い時期に骨折の手術をした旨、及び内副子固定法によらず髄内釘固定法によるべきであった旨主張するが、同控訴人のした骨折の手術の時期、方法に誤りがあったことを認めるに足りる証拠はない。

(三)  被控訴人は、控訴人山名が手術をした際、完全な滅菌を怠ったために起炎菌の感染を許し、骨髄炎を発症させた旨主張するところ、<証拠>によれば、(1) 非開放性の骨折の場合には骨折部が体外に通じていないので、体外の起炎菌が骨折部に直接感染することは考えられないこと、(2) 手術により骨折部に手術創を加えることにより骨折部が体外に通じ、体外の起炎菌が骨折部に感染する可能性を生ずることになること、(3) しかし、骨髄炎の起炎菌は虫歯、他の部位の創傷等の要因によっても感染することがあること、以上の事実が認められる。右の事実からすると、本件において、控訴人山名による手術後、非開放性粉砕骨折の骨折部に骨髄炎が発症したからといって、同控訴人の手術の際の滅菌が不十分であったために起炎菌が感染したものとただちに推認することはできず、他に被控訴人の前記主張事実を認めるに足りる証拠はない。

2 しかしながら、前認定の治療経過及び原審鑑定人の鑑定結果によれば、控訴人山名は、昭和四九年一一月二二日頃には、骨髄炎の発症を疑って細菌検査をすべき注意義務があり、同控訴人においてこれをしていれば、加藤が骨髄炎に罹患していること及び起炎菌の種類が明らかとなり、当該起炎菌に最も有効な抗生物質を投与することにより骨髄炎に対する適切な治療ができたのに、右検査を怠り、同年一二月二三日には安易に抗生物質の投与を打切ったため、骨髄炎の再活発化を招き、ついには右大腿部を切断するのやむなきに至らせる一因を与えたものと認められる。したがって、同控訴人には過失があるというべきである。前記二1(九)の事実は右認定判断を左右するものではない。

3  請求原因5の(二)の事実は当事者間に争いがない。

五加藤の損害額

1  治療費 八四九万一八七六円

森川病院における治療費が一三五万四三〇〇円であることは当事者間に争いがない。そして、<証拠>によれば、多治見病院における治療費が七一三万七五七六円であることが認められる。

なお、前認定の事実によれば、加藤は、昭和五三年八月一四日症状が固定して多治見病院を退院したが、その後も義足を作製するために同病院に通院していたところ、右大腿切断部に再び瘻孔が生じたために、昭和五四年三月三日同病院に再入院して同月一七日に退院し、その後も義足を作製する必要上、同病院に通院したのであるから、症状固定後の治療費も本件交通事故と相当因果関係のある損害というべきである。

2  付添看護料・入院中の食事代及び布団代 二九一万四五〇〇円

<証拠>によれば、同人は、昭和五三年八月一四日までの入院期間中、付添人を依頼し、付添人の食事代及び布団代を支払ったことが認められるが、昭和五四年三月の再入院の際に付添人を依頼したことを認めるに足りる証拠はない。

右の事実及び前認定の加藤の傷害の部位、程度、治療経過等によれば、右の付添看護は必要であったと認められるので、本件事故と相当因果関係のある付添看護料としては、付添人の食事代及び布団代を含めて、昭和四九年一〇月三〇日から昭和五二年一〇月二九日までの一〇九六日間の分については一日二〇〇〇円の合計二一九万二〇〇〇円(うち森川病院における分一六万六〇〇〇円)、同月三〇日から昭和五三年八月一四日までの二八九日間の分については一日二五〇〇円の合計七二万二五〇〇円であると認めるのが相当である。

3  入院諸雑費及び入院中の文書代 六〇万三八八五円

前認定の加藤の傷害の部位、程度、治療経過等に照らし、入院諸雑費としては、文書代を含め、全入院期間一四〇〇日につき一日当たり五〇〇円が相当であると認められるので、被控訴人の主張する入院諸雑費及び文書代の合計六〇万三八八五円を下ることはない(入院日数で按分すると、森川病院における分は三万五八〇一円となる。)。

4  通院交通費 一万七五六〇円

<証拠>によれば、加藤は前認定の通院に際してはタクシーで往復し、通院一回につき三〇〇〇円を下らない費用を要したことが認められるところ、右下腿部切断後の通院であることに照らすと、右の費用は本件事故と相当因果関係のある損害というべきであるので、被控訴人の主張する一万七五六〇円を下ることはない。

5  義足代 二八万二一〇〇円

<証拠>によれば、加藤が義足代として二八万二一〇〇円を要したことが認められる。

6  休業損害 八四八万七四五二円

<証拠>によれば、加藤は、昭和二五年九月一日生の男子で、本件事故当時大后建材に勤務して、一か月平均一八万六六六六円(年収に換算すると二二四万円)を下らない収入を得ていたことが認められるので、本件事故日である昭和四九年一〇月三〇日から症状固定日である昭和五三年八月一四日までの三年二八九日間の休業損害は、被控訴人の主張する八四八万七四五二円を下らない(日数で按分すると、森川病院入院期間中の分は五〇万八六三四円となる。)。

7  逸失利益 二六二九万一三二八円

前認定の加藤が右下腿部を切断して義足を装着している事実、右6に認定した事実、並びに<証拠>によって認められるところの加藤が昭和六三年五月当時、別の会社に就職して月額一三、四万円を得ている事実を総合すると、加藤は症状固定時から三九年間にわたり、労働能力を六〇パーセント喪失したものと認めるのが相当である。

右に従って、ホフマン方式により中間利息を控除して、逸失利益の本件事故時の現価を求めると、次の計算式により二六二九万一三二八円となる。

2,240,000×(22.2930−2.7310)×0.6=26,291,328

8  慰藉料 一〇〇〇万円

前認定の入通院状況及び後遺障害の程度等に照らすと、加藤に対する慰藉料は、入通院分として四〇〇万円(森川病院入院期間中の分として五〇万円)、後遺障害分として六〇〇万円が相当である。

六過失相殺

過失相殺に関する当裁判所の判断は、原判決二一枚目表末行の「については」を「について」と、同行の「七〇パーセント程度」を「五〇パーセント」と、同裏一行目の「八万四六三〇円」を「一四万一〇五〇円となり」と、同二行目の「八四五万五一〇四円」を「一三一四万五六六四円となるが、被控訴人の主張する九五〇万円にとどめ」と、同三行目の「一八〇万円」を「三〇〇万円」と、同行から四行目にかけての「三五〇四万六五六二円」を「三七一五万六三二三円」とそれぞれ改めるほか、原判決二〇枚目裏七行目の冒頭から同二一枚目裏四行目の末尾までのとおりであるから、これを引用する。

七控訴人ら及び被控訴人の責任範囲

1  被控訴人は、骨髄炎の発症については控訴人らに責任があるので、骨髄炎及び右大腿部切断によって生じた加藤の損害については責任を負わない旨主張する。しかし、骨髄炎の発症について控訴人山名に過失があると認められないことは前認定のとおりであるのみならず、<証拠>によれば、非開放性大腿骨粉砕骨折の傷害を負った者が骨髄炎を併発して大腿部を切断するのやむなきに至ることは、比較的少ないけれども起こり得ることであり、予測することが可能であることが認められるので、被控訴人は、骨髄炎の発症及び右大腿部切断によって生じた加藤の損害についても、本件交通事故と相当因果関係があるものとして、賠償責任を免れないというべきである。

2 そこで、被控訴人の責任と控訴人らの責任との関係について検討する。

過失によって交通事故を発生させた者(運行供用者を含む。以下「加害者」という。)が被害者に生じた損害の全部について賠償責任を負う場合において、被害者の治療に当たった医師が過失によって右損害を拡大させたと認められるときは、右医師(その使用者を含む。以下「医師」という。)は、医師の過失と相当因果関係のない損害については賠償責任を負わないが、それ以外の損害については、加害者が与えたのか医師が与えたのか不明なものを含めて、加害者と共同不法行為の関係にあるものとして、加害者とともに連帯(不真正連帯)して賠償責任を負うと解するのが相当である。そして、加害者と医師との間の負担部分は、当該損害の発生に寄与した割合によって定まり、自己の負担部分を超えて被害者に損害賠償をした者は、負担部分を超える部分について、他の者に求償することができるというべきである。

前認定の事実関係によれば、森川病院における治療については、控訴人山名の前記過失のために治療期間が長引いたり、特別の治療を要したとは認められないので、右過失と相当因果関係がないと認められる。しかし、多治見病院における治療については、同控訴人の過失によって骨髄炎の治療が長引き、このことが加藤の右大腿部切断という結果を招く一因となったことが明らかであり、しかも、本件全証拠によっても、そのうちのどの部分が同控訴人の過失と相当因果関係のないものであるかを明らかにすることはできない。したがって、同病院入院後の部分に関する損害については、被控訴人及び控訴人らが共同不法行為者として連帯して賠償責任を負うものというべきである。その負担部分は、前認定の諸事情を総合して、被控訴人が四割、控訴人らが六割であると認めるのが相当である。

そうすると、前認定の被害者の損害のうち、森川病院における治療費一三五万四三〇〇円、付添看護料・入院中の食事代及び布団代のうち同病院における分一六万六〇〇〇円、入院雑費及び入院中の文書代のうち同病院における分三万五八〇一円、休業損害のうち同病院入院期間中の分五〇万八六三四円、慰藉料のうち同病院入院期間中の分五〇万円、合計二五六万四七三五円はすべて被控訴人の負担すべきものであり、そのほかの損害合計三四五九万一五八八円については、その四割に当たる一三八三万六六三五円を被控訴人が、六割に当たる二〇七五万四九五三円を控訴人らがそれぞれ負担すべきである。結局、加藤の損害賠償を請求し得べき損害額三七一五万六三二三円のうち一六四〇万一三七〇円が被控訴人の、二〇七五万四九五三円が控訴人らの各負担すべきものというべきである。

八被控訴人の加藤に対する弁済

<証拠>によれば、被控訴人が加藤に対し、損害賠償として、昭和五三年七月一八日までに一九九〇万一九三九円、昭和五六年三月三一日に一九五〇万円、合計三九四〇万一九三九円を支払ったことが認められる。右のうち、昭和五三年七月一八日までに支払った分のうち一六四〇万一三七〇円は被控訴人の負担部分に対する支払であるが、右支払分のうち三五〇万〇五六九円及び昭和五六年三月三一日までに支払った一九五〇万円のうち、控訴人らの負担部分の範囲内である一七二五万四三八四円、合計二〇七五万四九五三円は控訴人らの負担すべき部分である。したがって、被控訴人は控訴人らに対してこれを求償することができる。

右の求償権は不法行為債権とは別個の債権であるから、被控訴人が控訴人らに対して請求して初めて遅滞に陥るものというべきである。記録によれば、被控訴人は、昭和五五年一二月二六日控訴人らに送達された本件訴状において、昭和五三年七月一八日までに加藤に支払った分のうち一九四〇万六九七八円の支払を求め、その後、昭和五六年九月一八日控訴人らに送達された請求の趣旨訂正の申立書において、加藤に支払ったその余の分の支払を求めたことが認められる。そうすると、遅延損害金の起算日は、被控訴人が控訴人らに対して求償することのできる分のうち、昭和五三年七月一八日までに支払った分三五〇万〇五六九円については昭和五五年一二月二七日、昭和五六年三月三一日に支払った分一七二五万四三八四円については昭和五六年九月一九日であるというべきである。

九保険金による填補

被控訴人が、本件交通事故に関して、任意保険から一〇〇〇万円、自動車損害賠償責任保険から少なくとも八〇万円の填補を受けたことは、被控訴人が明らかに争わないので、自白したものとみなす(控訴人らは、被控訴人が右のほか、自動車損害賠償責任保険から六〇七万円の填補を受けた旨主張するが、この事実を認めるに足りる証拠はない。)。しかし、右の填補額は被控訴人の負担すべき額の範囲内であるから、被控訴人の求償権の範囲に影響を及ぼすものではないというべきである。

一〇以上のとおりであるから、被控訴人の本訴請求は、控訴人ら各自に対し、二〇七五万四九五三円及び内金三五〇万〇五六九円に対する昭和五五年一二月二七日から、内金一七二五万四三八四円に対する昭和五六年九月一九日から、いずれも支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきである。

よって、本件控訴及び附帯控訴に基づき、右と異なる原判決を右のとおりに変更し、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条、九二条、九三条、九四条、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官野田宏 裁判官瀬戸正義 裁判官園部秀穂)

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